9.命名!




「大体…!」

隼人の声で、祥太郎はぼんやりしていた思いを断ち切られた。目の前の隼人とナツメは、まだ臨界体制らしい。

「1週間も経つって言うのに、名前も名乗らないところが気にいらねえ!」
「えっ、だから、ナツメ君…。」
「それは名前だけだろ! 俺は自らフルネームを名乗れって言ってんだよ!」

思わず口を出した祥太郎に、隼人がガウッと噛み付く。

「隼人! ハウス!」
「ハウスって…! おいっ、白雪!」

強気な隼人が思わず言葉を呑んでいる。白雪は隼人の後ろに立って、彼を睨んでいた。

「そんなに1年生を脅しちゃダメって言ってるだろ! そうでなくても鬼瓦なんて変なあだ名がついちゃってるのに!」
「変なあだ名…こいつがつけたんだ! 決まってらあ!」

隼人はいきり立ってナツメを指差す。ナツメはというと、そっぽを向いて知らん顔をしているのだから、隼人の推量も、そう的を外してはいないのだろう。

「お茶は俺が煎れてあげてるんだし、ナツメ君が遊びに来るのを許してるのは祥太郎先生なんだから、隼人は大人しくしてればいいの!」
「ふざけんなよ! 俺ぁ副会長だぞ! どうして一年坊主の前で小さくなってなきゃなんないんだ!」
「もう、うるさいなあ、隼人は! 会長の俺がいいって言ってるんだからいいんだってば!」

白雪に止めとばかりに決め付けられて、隼人は歯軋りをした。
祥太郎はそんな様子の二人を等分に眺めてやれやれと嘆息する。このところすっかり元気になった白雪は、入学当初のはかなげな容貌のまま、鍛え上げた鋼のようなしたたかさも見せるようになった。

「高見君…たくましくなったよねえ…。」
「そ、そうですか?」

思わず祥太郎が呟くと、敏感に反応した白雪は頬を赤らめた。

「そうだよう。入学したての頃は凄く脆弱な感じだったのに、今は一端の会長サマって感じ。…いつの間にか体も大きくなってるし。」
「だ…だって、成長期ですもん。育たなくっちゃ困りますよ。」
「高見君たちはちっちゃくって可愛い感じだったのに、みんないつの間にか見上げなきゃいけなくなっちゃって。」

祥太郎は思わずため息をついてしまう。

「みんな僕を追い越して行っちゃうんだもんな。」
「だからいいんじゃん!」

突然背後からがばっと抱きすくめられて、祥太郎は無様に声を上げてしまう。

「な、なに急に…ナツメ君!」
「先生、ちっちゃくてもすっげ可愛いから、卑下することないって!」
「べっべっ、別に卑下してないよう! 放せってばこらっ!」
「うーん、この腕の中に納まりきる感じが超ぷりてぃー!」

絶対からかわれているのに違いない。それでも祥太郎はついむきに反応してしまう。

「ナツメ君、ロリだったんじゃなかったの! 僕なんて君よりうんと年上なんだから! ちょっとこら! ほお擦りしないでよっ!」
「祥太郎先生、俺より10近く年上だろ? それでこんなに可愛いんだったら、生涯ずっとこんなままだよな。 これ以上成長しないなんて、まさしく俺にうってつけのアイドル〜!」
「痛い痛い! こらっ、いい加減に…!」

「おい! やめてやれよガキ。祥太郎は嫌がってんじゃねーか。」

腹に響くような低い声が降ってきて、しがみついていたナツメが強い力で引き離されるのを感じた。
祥太郎が顔を上げると、ナツメの肩を押さえているのは渋い顔をした隼人。その眉間には、なんともいえない苛立ちが漂っている。

先ほどまでのからかうようなけんか腰の声と違う真剣な牽制に、後ろに控えている白雪も真面目な顔で見守っている。そんな二人の様子を見て、祥太郎は気おされるものを感じた。
祥太郎にしたらナツメの態度は子供の悪ふざけに過ぎないのだが、隼人と白雪は、祥太郎の想像以上にそれを深刻視しているようだった。

「嫌がってるものを無理強いするんじゃねーよ、ガキが。大体祥太郎にはなあ…っ。」
「人のことをガキガキ言うんじゃねーよ。たかが2つしか違わねーじゃねーか!」

脅しつけるような隼人の言葉に反発したのか、不意にナツメが胸を張った。
強調するように整髪剤で固められたピンクのとさかがばさりと震える。

「俺はガキじゃねえ。ちゃんと、日吉棗って、名前だってあるんだ。」
「日吉…。」
「日吉って、君があの、日吉神社の…?」
「え? 何、二人とも、ナツメ君のこと、知ってるの?」

思わずきょとんとしてしまう祥太郎に、白雪が困惑した顔を向けた。

「先生…生徒たちの間でも有名ですよ。日吉神社ってあるじゃないですか。ほら、あの有名な…。そこのご子息が入ってくるっていうんで、何を物好きなって、話題になってるんですよ。ほら、うち、一応カトリックじゃないですか。」
「いいだろう、まだ俺は神職じゃないんだし!」

ナツメが噛み付くように叫ぶ。

「神社を継ぐ条件に、高校だけはここに通わせてもらうことにしたんだ。部外者がつべこべ言うんじゃねーよ!」

祥太郎は唖然としてナツメを見上げた。
闊達なナツメは、威勢はいいが決して乱暴ものではない。それが、自分の身柄に触れられたとたん、こんなに過敏に反応するとは思いもよらなかった。

「部外者って言うなら、おまえこそこの生徒会には部外者じゃねーか。」

隼人が言う。その声はおもしろそうな響きも伴っていて、いつの間にか余裕を取り戻しているのが分かった。

「なにおっ! 生徒会なんて公的なもんじゃねーか。一般の生徒が来て悪いことがあるのかよ! それに、祥太郎先生は生徒会だけのもんじゃねーや! 俺が貸し出しに来たっていいだろう!」
「あ…あのう。」

その備品扱いはどうだろう。

「まあ確かに、祥太郎は公的なもんかも知れねえけど、それ以前にこの生徒会の顧問なんだよな。だから、そっちを優先してもらわなきゃ、困るんだよ。」

隼人は偉そうに腕を組んだ。いまやその表情は、完全におもしろがるそれになっている。

「遊びに来るのはかまわねーよ。会長も顧問も許してるようだし。一応、名乗りも上げたようだしな。
でも、おまえには日吉なんて名前は大層すぎて似あわねーや。」
「だから、ナツメって呼べって…。」

「おまえはピヨだ! 俺が命名する!」

「ピ…。」

ナツメが絶句する。祥太郎はナツメを見上げて思わず納得してしまう。
ピンクの前髪が、生えてきたばかりの雄鶏のとさかそっくりで、確かに今にもピヨピヨ言いそうだ。

「だあっ! 誰がピヨだいっ!」
「ピヨって呼ばせることが、ここに遊びに来る条件だ。おまえ、条件が好きみたいだからな。ちょうどいーや。」

言いかけた言葉の途中で、隼人は我慢しきれなくなった様子で高笑いする。
思わずつられて噴出した祥太郎は、ナツメに睨まれて肩を竦めた。だが、白雪まで笑っているところを見ると、ナツメのピヨ呼ばわりは決定だろう。

「あのう…すみません。」

沸き返る生徒会に、控えめな声がかけられて、4人は扉を振り返った。





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